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代々木神園町の朝

渋谷区で主として中古マンションの売買仲介を行っている株式会社リアルプロ・ホールディングスの遠藤です。

 

代々木神園町(よよぎかみぞのちょう)の朝と言っても代々木神園町という町名がわかる方は、それ程多くは、いないと思います。

 

代々木神園町は、ほぼほぼ明治神宮と代々木公園、オリンピック記念総合青少年センターしかないエリアを指します。

 

それでも渋谷区の令和4年1月1日住民基本台帳上では、世帯数で世帯数で47世帯、男性51名(内外国籍14名)、女性56名(内外国籍5名)の総数107名の方がお住まいになっています。

 

多くは明治神宮に勤める方がお住まいになる建物があるので、そこに住まわれている方だと推察します。

 

私は、ほぼ始発で原宿のジムに通い、時間があると初台事務所(現在は幡ヶ谷に移転しました)まで明治神宮を抜けて、歩くことがあります。

 

今日は、参宮橋駅近くの代々木で物件査定があったので、今年初めてこのルートを通りました。

 

朝の明治神宮は人影もまばらで、ピンと張りつめた空気がとても気持ち良いです。

 

現在原宿側の入り口付近(南参道)は工事をしているため、脇を迂回して、境内を参拝し、西参道口に抜けるルートです。

 

余談ですが、正月前後に原宿駅前から表参道を見下ろすと、太陽が昇るのが見えて、知る人ぞ知る元旦の日の出スポットになっています。

明治神宮の杜(もり)は人工的に造られた!? 

明治神宮の杜は実は人工的に造られた森です。

 

明治神宮ができるまえのこの場所は、皇室の所有地で畑がほとんどで荒れ地だったようです。

 

その荒れ地に明治天皇と昭憲皇后をおまつりし、人々が静かにお祈りをささげることができる「永遠の杜」を築造するために、林学や土木学者等が集まり、全国から約10万本もの照葉樹林が献上され、延べ11万人もの青年が勤労奉仕をして造られました。

 

時の総理大臣大隈重信は伊勢神宮や日光東照宮の杉並木のような雄大でな荘厳なものを望んだようですが、林学者等が東京は既に公害が進んでおり、杉は都会に適さないとして、100年先を見越して都会にあった照葉樹林にすることを説明し、納得してもっらたとのことです。

 

第二次大戦下では社殿の多くは焼失しましたが社は大きな被害を受けず、また人々の避難の場所となったそうです。

 

杜はその後、成熟し、造営当初、もともとあった木も含め、365種、約12万本だった植樹は平成25年に刊行された第二次境内総合調査の結果、234種、約3万6000本になったとのことです。

 

自然淘汰され、木々は大きく成長し、新種や絶滅危惧種、都内では珍しい動植物を含む約3,000種の生物が報告されています。

 

詳細は明治神宮の公式サイトNHK特集「明治神宮不思議の森~100年の大実験~」でも放映されましたので、ご興味のある方はご覧いただければと思います。

枯木が少々気になる?? 

私は独立して、最初に初台に事務所を構えてもう12年以上経過します。

 

実は、原宿のジムは開業当初から通っているので遂に今年で20年間利用していることになります。

 

この間、原宿から明治神宮を抜け初台幡ヶ谷エリアに通じるルートを、少なく見積もっても100回以上は通っていると思うのですが、最近、杜の奥で南北に通じるあまり人が通らない道があるのですが、その道の脇の木が切られていたり、元気がなく、ほぼ枯れているような状態になっている木が目に付くようになっています。

 

少なくとも10年前まではそんなことはほぼ無かったような気がします。

 

計画的な間引きのための伐採なのか、枯れ木となり危険なために切っているのか定かではありませんんが、地球温暖化や大気汚染が原因なのか?と思い少々心配しています。

 

今朝も鳥のさえずりや森の匂いを感じ、元気をいっぱいもらったので、先人達たちが造り上げた偉大な杜がこのまま未来永劫続いて欲しいと願うばかりです。